涼宮ハルヒの挑戦2
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「あたしも、マジックを始めることにするわ」
このときの俺がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ、あまりいい表情じゃなかったことは確かだと思うぜ。よりによってハルヒがマジック?冗談じゃない。アイツのことだから、タネなしでの人体切断くらい軽くやってのけそうだ。まあ最後には間違いなく上半身と下半身がドッキングするんだろうが、マジックの最中のことを考えるとぞっとしないな。
俺はできるだけ柔らかい口調で言ってやる。
「ハルヒ、良く聞け。マジックってのはな、やらないで見ているのが一番いい楽しみ方なんだぞ」
「聞く耳持たないわ。あたしはね、不思議なことを起こす側になりたいの!だってあんた、あたしに見せてるとき、ずっとうれしそうな顔してるんだもん。説得力がないわよ」
そういったハルヒの顔には、あのヒマワリのような笑顔が輝いていた。こりゃダメだ。こうなったハルヒを止められる人間はこの世に存在しない。
「よろしければ、僕がいくつかいいマジックをご紹介しましょうか?親戚が、ネットでマジックショップを経営していましてね」
爽やかなスマイルを浮かべながらハルヒに聞く副団長。人間をばらばらにする前に、適当なマジックでお茶を濁そうという魂胆なんだろう。ナイス古泉。
しかして団長殿は、
「ありがとう。でもいいわ。何事も、知識を手に入れるためにはまず書物からよ!仕掛けがあるものを買うのは最後のほうでいいの。だって、原則を覚えたら応用は利くんですもの。あたしはまず、いろんなことを知らなきゃいけないの」
とのたまった。誰が何を言っても聞く耳などもちあわせちゃいない、もう完全に自分の中で目標を定めた目だ、これは。
「そうと決まったら早速本屋と図書館に出かけるわ!有希、あんたついてきなさい。みくるちゃんは、そこのバニーガールの衣装に着替えておいて。アシスタントとしてのたたずまいをマスターしておいて頂戴」
いい終わるか終わらぬかのうちに、ハルヒは光速で俺を飛び越え、長門の手をひっつかんで部室のドアから出て行った。空中に浮いた長門の足が、アニメのようにふわりと動いたかと思うと、ものすごいスピードで視界から消える。
残った俺と古泉、それに朝比奈さんは、無言でお互いを見つめあった。グラウンドでは、野球部が何か大声を出している。なんか前にもあったな、こんな状況。
「あのう…」
最初に口を開いたのは、朝比奈さんだった。
「ふ、服を着替えたいので、その、ちょっと、外にいていただけますか」
こんな意味不明な状況におかれて、まだハルヒの指示に従おうとするなんて、こりゃあなたの前世は女神か天使しかありえません。いち人間に過ぎない俺と古泉は、喜んで退室させていただきます。
部室のドアを閉め、廊下に古泉と二人で腰を下ろす。次から次へと、まったくやれやれだ。
「あのマジックは、ちょっと強烈過ぎましたかね」
困っているのかそうでないのか、よくわからない表情を浮かべながら古泉。
「『見たままやってみる』というのではなく、本から勉強するのであれば、それほどおかしなことも起きないでしょう。まあ、いいのではないですか」
「しばらくは、様子を見るって事か」
「ええ。問題になりそうであれば、組織にも動いてもらうことになると思いますが…僕は大丈夫じゃないかと思いますよ」
やけに自信満々だな。どうしてそう言いきれる?
「そうですね。長門さんがついているというのも理由の一つですが」
くっくっと、喉の奥を鳴らしながら、
「涼宮さんは、楽しそうにマジックをするあなたを見て、自分も始めたいと思ったんです。ですから、彼女がやってみたいのは、魔法ではなくてマジックなんですよ。ちゃんとタネを知って、その上であなたや僕に披露したいんです」
だから、心配しなくても平気だ、と言った。
俺は考え込んだ。確かに古泉の言うことにも一理ある。あれで意外と常識的なのがハルヒという女だ。きっと今頃、長門を宙に浮かせたまま、本屋に向かって爆走しているころだろう。人々が驚き畏れる「魔法」ではなく、タネも仕掛けもある「マジック」を求めて。
そう考えると、ちょっと見てみたい。何でも器用にこなすあいつのことだ。きっとマジックも玄人裸足だろう。
「悪くないかもな」
「でしょう」
うれしそうに古泉。
「ところで、僕らも涼宮さんに負けていられませんよ。実は新作がありまして、これがなかなかのビジュアルさで。マスターするのに時間と労力をかけても、決して後悔しないような作品なんですよ」
それは楽しみだ、と答える。実際、このときの俺はなんの疑念も抱かず、古泉の新作とハルヒのマジックを楽しみにしていた。
このときの俺に会う機会があったら、是非言っといてくれ。
油断大敵、火がぼうぼう、ってな。
<続く>
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